一般コラム
青い紫陽花を見て、花びらじゃないことを思い出した初夏のある日【WAKUインターン生の科学の小部屋①】



こんにちは。WAKUインターン生の下口慶夏(しもぐち よしか)です。
この間、ある晴れた日の夕暮れに散歩していたら、青い紫陽花が目に入りました。
沈みかけた空の光の中で見るその色は、少し不思議でした。薄暗いのに、萼片に走る筋がよく見えて、思わず見惚れてしまいました。近くには、枯れかけた紫陽花もありました。青の色が少しずつ薄くなり、ところどころ先端から茶色に変わっていました。
しばらくその場で写真を撮って愉しんでいると、ふと、紫陽花の色づいている部分は花びらではなかったことを思い出しました。
久しく忘れていたことが、急に記憶に蘇りました。
私たちはつい、色がついていて、ひらひらしていて、花のように見える部分を「花びら」だと思ってしまいます。でも、紫陽花で大きく目立っている部分は、主に「萼片(がくへん)」と呼ばれる部分です。実際の花は、その中心にある小さな部分です。
つまり、私が「青い花」と思って見ていたものは、厳密には花びらの青ではありませんでした。
別の日には、ピンク色の紫陽花を見つけました。青い紫陽花が静かで涼しげな印象だとすれば、ピンクの紫陽花はもっと華やかで、ぱっと目に入ってきます。同じ紫陽花なのに、なぜこんなに色が違うのでしょうか。気になって、少し調べてみました。
紫陽花の色には、アントシアニンという色素が関わっています。アントシアニンは、植物の赤や紫、青っぽい色をつくる色素として知られています。紫陽花の主要なアントシアニンとしては、3-O-グルコシルデルフィニジンが報告されています。
ただし、紫陽花の青は「青い色素があるから青い」という単純な話ではありません。
大きく関係しているのが、アルミニウムイオンです。土が酸性になると、土の中のアルミニウムイオンが水に溶けやすくなり、紫陽花が吸収しやすくなります。そのアルミニウムイオンが萼片まで運ばれ、アントシアニンや補助色素と関わることで、青い色が現れやすくなります。
一方で、アルカリ性に近い土では、アルミニウムイオンが水に溶けにくく、植物に吸収されにくくなります。そのため、青色をつくる複合体ができにくくなり、赤やピンク寄りの色に見えやすくなるのです。
つまり、紫陽花の色は、その植物だけで完結していません。土の状態、金属イオン、色素、そして細胞の中の環境まで関わっています。
紫がかった紫陽花にも、同じように複雑な背景があります。研究では、紫色の萼片の中で、細胞ごとに青っぽいもの、赤っぽいもの、紫っぽいものが混ざって見える場合があることも示されています。遠くから見ると一つの紫に見えても、細胞の単位では色がばらついているのです。
そう考えると、青い紫陽花とピンクの紫陽花は、ただ紫陽花の気まぐれで違う色に塗り分けられているわけではないのが分かります。それぞれの場所で、植物の中に起きている化学の結果として、その色になっているのです。
では、枯れかけの茶色はどうでしょうか。
茶色くなった紫陽花を見ると、「そろそろ枯れどきなのかな」と思います。けれど、それにも理由があります。
紫陽花の萼片では、成熟や老化の過程で色素の量や種類が変化することが報告されています。青かった色が薄れていく背景には、アントシアニンなどの色素の変化などがあります。もちろん、私が見た紫陽花の茶色が、どの反応によってどれくらい進んだものなのかは、測定してみないと分かりません。それでも、青が薄くなり、先端から茶色に変わっていく様子は、萼片の中で色素や細胞の状態が少しずつ変わっていることを感じさせました。
青、紫、ピンク、茶色。
紫陽花の色は、固定されたものではありませんでした。土の性質、金属イオン、色素、細胞の中の環境、そして時間。そうした小さな変化が重なって、目に見える色として現れていました。
そう思うと、紫陽花を見る感覚が少し変わります。
花の色は、植物がただ目立つための色ではないのかもしれません。
それは、植物の「今」の状態を、静かに見せてくれているサインでもあるのだと思います。
参考文献
Yoshida, K., Oyama, K., & Kondo, T. (2021). Insight into chemical mechanisms of sepal color development and variation in hydrangea. Proceedings of the Japan Academy, Series B, 97(2), 51–68. doi:10.2183/pjab.97.003
紫陽花の目立つ部分が萼片であること、青色にアントシアニン・Al³⁺・補助色素・液胞pHが関わること、紫色が細胞ごとの色のモザイクとして見える場合があることの確認に使用。(J-STAGE)
Kodama, M., Tanabe, Y., & Nakayama, M. (2016). Analyses of coloration-related components in Hydrangea sepals causing color variability according to soil conditions. The Horticulture Journal, 85(4), 372–379. doi:10.2503/hortj.MI-131
土壌条件と萼片色、アルミニウム吸収、萼片内成分の関係の確認に使用。(J-STAGE)
Murata, M. (2022). Food chemistry and biochemistry of enzymatic browning. Food Science and Technology Research, 28(1), 1–12. doi:10.3136/fstr.FSTR-D-21-00130
植物組織で起きる褐変反応の一般的な説明に使用。
この記事を書いた人
Yoshika Shimoguchi
関連記事
