一般コラム
【グルタチオンに想いを馳せて】グルタチオン、発見 ——第一歩:はじめまして——



地図のない旅の今ここは
こんにちは。WAKUインターン生の下口慶夏(しもぐち よしか)です。
私は、グルタチオンとその研究者たちが創った道を辿る、新しい旅に出かけることにしました(詳しくは前回のブログ参照)。この旅には3つの大きな通過点があります。最初の「発見」の章では、「まだ誰も知らなかった分子が、どのようにして人の目に映るようになったのか」。次の章では、「その分子がどんな風に世界へ広がり、医療や植物、そして私たち暮らしの中に息づいたのか」。そして最後の章では、「いま、私がWAKUの現場で見ているグルタチオンの未来」。
今、私は「発見」の第一歩目を踏み出そうとしています。
なぜ最初にここから始めるのか——
それは、どんな科学的知識にも必ず「気づいた瞬間」があり、
そこに研究者たちの直感や疑問、情熱が最も濃く刻まれているからです。
グルタチオン前夜:まだ名前のない小さな分子
グルタチオンは現在、医学・生化学・植物科学など幅広い分野で重要視されています。
しかし、その始まりは19世紀後半。当時は、いまのように分子の構造を直接測る技術もなく、研究者たちは反応の違いだけを頼りに未知の物質を追いかけていました。
グルタチオンの歴史についての文献を探す中で、私は木村光先生のグルタチオンの歴史と展望について書かれた論文に出会いました。その第一章「グルタチオンについて」の一文目には
1888年 de Rey −Pailhadeは,酵母,ウシの肝臓,ヒツジの脳,仔ウシの小腸,魚類やウシの筋肉中に硫化水素が発生する物質の存在を報告し,フィロチオン(philothion)と命名した.
と書かれています(Kimura A, 2002)。
どうやら、グルタチオンは最初期、「フィロチオン」と呼ばれていたようです。
また、別の論文では、フィロチオンはギリシャ語で「硫黄を愛するもの」という意味を持たせて命名されたと記されています(Aoyama K, 2021)。他にもいくつか「フィロチオン」について紹介している論文を読んでいくうちに、論文によって少しずつ、書いてあることが異なると気づきました。
できれば、引用の引用ではなく、最初にそれを書いた人の声に触れたい。
そう思った私は、100年以上前のフィロチオン発見当初の文献を自分でたどることにしました。意外かもしれませんが、19世紀の論文でも、今はデジタル化されてオンラインで読めることがあります。
原典への旅路:1888年にタイムスリップ
グルタチオンの起源について書いてある論文や、ChatGPTの力を借り、海外の電子図書館やデータベースを経由し在処を探します。辿り着いたのは、いくつもの論文に引用されている、フランスの学会誌に掲載されたM. J. de Rey-Pailhade(レイ=パイヤード)による1888年の論文でした。
画面の向こうに現れたのは、古い紙の質感、神秘的な書体、そして読解できないフランス語。しかし同時に「確かに誰かがここにいた」という、
時間の壁を越えたような不思議な感覚が湧き上がりました。
「わぁ…… 本当に、あった……」
感動と高揚のあまり、思わず声が出てしまいました。
その論文がこちら:

フランスのトゥールーズ自然史学会の学会誌に1888年に収録されたレイ=パイヤードの論文の1ページ目(フルバージョンはこちらから)。
2世紀前のこの論文には、後のグルタチオンの前身となる、他でもない「フィロチオン(philothion)」の名が記されていました。
原典を読み進めると、レイ=パイヤードは、さまざまな動物組織や植物組織からアルコール抽出物を作り、それらを硫黄と混合して反応を観察したことが分かりました。すると、酵母以外の動物の筋肉・腺・脳・卵白・尿・乳、植物の芽などでも硫化水素が確認できたそうです(De Rey-Pailhade M.J., 1888)。
硫化水素が発生したということは、試したものに共通した物質が存在するに違いない——レイ=パイヤードはそう考え、名前をつけることにしました。そして、硫黄(thion)を好む(philo)特徴があるとして、“philothion” と名付けたのです(De Rey-Pailhade M.J., 1888)。
科学では、名前は単なるラベルではありません。発見者がその物質をどう捉えたかという思考の痕跡です。名付けの背景には、「硫黄を含む未知の小さな有機物」という当時の理解がそのまま反映されています。
硫黄を愛するもの
フィロチオンの意味と存在証明の道すじを、原典から読み取れた体験は、他に代え難い貴重なものでした。
科学者たちの夜明け:目に見えない世界を追うということ
この物語が紡がれたのは、構造式がまだ曖昧だった19世紀。
化学の世界では無機物から有機物を合成する実験が行われ始め(Takebayashi, 1987)、
たんぱく質やアミノ酸を物質として扱う「生化学」という学問が芽を出していました。
19世紀の研究者は、分子の姿を直接見る手段がなく、反応の変化や匂い、沈殿の色のわずかな違いを頼りに、世界の仕組みを読み解こうとしていました。だからこそ、未知の物質に出会ったときの彼らのまなざしは鋭く、熱く、どこか詩的ですらあります。そんな研究者たちの姿が、論文の行間から静かに立ち上ってきていました。
論文の世界にうっとりしていた私は、ふと我に返りました。私はなんと、論文に引き込まれるあまり、自室にいることさえ忘れていたのです。元の世界に帰ってきたいまも、まるで壮大な冒険に出かけてきたかのような感覚がまだ体に残っています。
「フィロチオン」から「グルタチオン」へ
こうして私は、原典を辿って「フィロチオン——後のグルタチオン が見つかった瞬間」に触れることができました。しかし、名前がついたという事実は、旅のほんの入口にすぎません。科学の世界では、名前を与えたあとに、
「この物質はどんな姿をしているのか?」
「どのように働くのか?」
という次の問いが始まります。発見は夜明け。ここから光の中で、少しずつ“カタチ”が見えてくるのです。
次の第二歩では、
グルタチオンがどのように定義され、構造が解き明かされていったのか、
歩みを進めます。
参考文献
Kimura, A.(2002). グルタチオン : 歴史と展望(<シリーズ>バイオファクター研究のブレークスルー : グルタチオン). ビタミン, 76(11), p. 509.
Aoyama, K.(2021). Glutathione in the Brain. Int. J. Mol. Sci., 22(9), 5010.
De Rey-Pailhade M.J.(1888). Sur un nouveau principe immédiat organique. le philothion. Bull. Soc. Hist Nat. Toulouse., pp.173-180.
Takebayashi, M.(1987). 7. 尿素の合成と生気論 : ヴェーラーの尿素合成は生気論を打ち破ったか. 講座 化学史・常識のウソ, 35(4), p.46.
この記事を書いた人
Yoshika Shimoguchi
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